|  | ラクマス運営者 浅海 剛(あさみ つよし)のプロフィールカンタンな自己紹介
 はじめまして。 このページでは、弊社のサービス「ラクマス」の話からいったん外れます。 「あさみつよし」という人間について、少しでも知っていただきたいと思っております。 
 もし、私と言う人間に、少しでも興味を持っていただけるようでしたら、 このページを読んでいただけると嬉しく思います。 
 少しでも「どんな人間なのか」伝わるように書かせていただきます。 
 どうでもいい話も多いですが、よろしくお付き合いください。 
 どうぞ、よろしくお願いいたします。 
 表で見る浅海のスペック
 
 
 
 つよしの、事業に対する信念「お客様を喜ばせよう」 
 これは、単なる奇麗事じゃない! お客様を喜ばせることが、事業を成長させる最高の戦略だと、私は本気で思っています。 
 お客様の喜びは、事業にとって良い循環をもたらします。 
 売上向上、モチベーションアップ、事業関係者の幸せにつながり、 そして、最終的には事業の成長へつながります。 
 
 あまり自慢できないマジ略歴2002年:初めての社会人大学卒業と同時に、 某一部上場のシステム会社に入りシステム系の仕事をバリバリこなす。 技術的に成長する気付けば、社会人1年目で、比較的大きな仕事の担当に任命され、 2年目には、チーム内で技術的な指南役に抜擢される。 井の中の蛙大海を知らず給料も良く(月に40万を超えた)、チーム内での評価も上々。客先からも頼りにされ、調子付いていた。 『俺は天才だ!』限られた世界の小さな評価で、天狗になっていた私。 まさに「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がピッタリだった。 2005年2月:会社を退職する『天才だ!』と勘違いしていた私は、 「天才なら何かできるはずだ!」と激しく勘違い。 何の計画も無しに会社を辞めてしまった。 
 今考えれば、「ただの馬鹿」です。無計画もいいところ。失敗して当たり前のスタート。どうしようもない馬鹿です(笑) でも、、、その馬鹿さがなければ今はなかった!、、、かも知れない。 
 2005年2月~6月:ひたすら遊ぶ会社を辞めて暇をもてあましていた私は、更に愚行を重ねる。 
 「遊べる機会なんてそうそうないし、遊んじゃおうか!」、、どうやら「本物の馬鹿」です。 
 海外旅行にスキューバダイビングにパラグライダー、 、、、せめて、もう少し金のかからない遊びにすればよかった。。 
 ここで、会社員時代に稼いであまっていた軍資金を、全て食いつぶしてしまう。 
 2005年7月:そろそろヤバイので動き出そう私ほどの馬鹿でも、「そろそろやばくないか?」と感じはじめ、やっと動き出す。 しかし、"遊び"だけに神経を使っていた私の頭には 「ビジネスプラン」や「起業への信念」などなかった。 
 『でも、もう動かなきゃ本当にやばいんだって!』会社を辞めてもう半年。 何も成し遂げていないことに焦っていた私は、 ビジネスプランなどそっちのけで動き出すことにした。 「何かいい出会いは無いか?」と、交流会主催してみたり、 たしかに、失敗したなりに得るものはあったのかも知れない。 それでも、、、失敗しすぎだろ。。。俺。。。 やっと「自分は天才ではない」という事実に気付く。
 2006年:いろいろあって、親の支援を受けてオフィスを開く「自宅でやってても気合入らないだろ!」ということで、 
 しかし、そんな待遇を、会社で働いてくださっている社員の皆様方は、きっと不服に思われたに違いない。 
 私の最も尊敬する人物は、 やはり、両親だ。 
 いつかは父に追いつき、追い越し、 安心できる程に成長することで恩返しにしたい。 
 私の身命を賭すべき事業はいずこに?親の社内のWeb改善業務を担当する傍ら、 自らの身命を賭してやり遂げるべき事業の中核を模索し始める 
 
 そう考えた私は、さっそく調査を開始した。 
 すると、驚いたことに、既にライバルは何社も居るようだった。 それでも、 「これからの世の中に絶対に必要だ! これを成し遂げるのが、俺の天命なんだ!」 と信じた私は、ライバルが居るのも気にせず突き進む。 
 『まずは、売り物になるツールが必要だ!』そう思った私は、 もともとシステム系の技術があり、開発が大好きだった私は、水を得た魚のようにぐいぐい開発を進める。今思えば、よく一人で作ったなぁ。と自分で思うような大作が完成することになる。 
 2007年:「ホームページ作成ツール【ラクマス】」スタート縁起を担いで、年明けの瞬間 あとは世間が動き出す1月4日を待つだけ。私の素晴らしいツールに注文が殺到するはず。 『これから忙しくなるぞ!』 そのときは本気でそう思っていた。 
 まったく売れずに、苦悩する日々私は、 それは見事に裏切られる。 
 事業を深く理解した今思い返せばとっても当たり前のこと。 『作っただけで売れるわけが無い!!!』 
 『く、、、やはり俺ではこの程度なのか、、、?』今まで何度も失敗してきたが、今回はショックの大きさが桁違いだった。 
 それまでの失敗は、どこかで手を抜いていたり、心のどこかで「ダメ元でやってみるか」という打算的な考え方があった。 でも、ラクマスは違った。心の底から成功を信じ、打算など無く、全力投球した。 その結果が、、、売上げ0円。 
 『やはり俺ではこの程度なのか、、、?』 
 何度もくじけそうになる。 
 しかし、まだ心の奥底で強い火が燃えていた。 
 『まだだ!あきらめる前に、まだ俺にはやってないことがある!』 
 苦手でずっと避けていた営業・集客を、学んで実践するしかない! 
 脱技術者を決め、新たなステージに飛び込んだ瞬間だった。 
 感動!人生で初!自分で作り出した売上!「絶対に売れるはずだ!」そうして、足掻き続けること2ヶ月。 
 
 
 『やった!やったぞ!!!!!』 『売れた!売れたんだ!!!!!!!』 
 気付けば、硬くこぶしを握り締め、 何度も何度もガッツポーズを繰り返していた。 
 すぐに両親に報告し、その当時の彼女(今の奥さん)に歓喜の報告を入れ、 友達にまで自慢したのを覚えている。 
 売上げで言えばたったの4万円。それであれだけハシャイダのだから、周りからは滑稽に見えたと思う。 それでも、あの4万円には、それだけの興奮と歓喜があった。 
 「これが、、、、自分で仕事するってことか。。。」 自分の選んだ道が最高の人生につながっている、そう思えた瞬間だった。 
 売ってみて解った、難しさ自分の事業で、初めてわかったことがある。 
 
 お客さんも手助けが必要なはずだ!『これじゃ、お客さんも売上が上がる前に挫折しそうだ』 
 2008年:ツールの売上で、桜木町(みなとみらい近く)にオフィスを開くぼちぼちお客さんも集まり、収入も安定化してきた。 
 一般的に見れば、狭くて古い安ビルの一角かも知れない。 それでも、仮設オフィスにこもっていた頃に比べれば、まるで別天地の天国のようなオフィス。 
 ここから、ラクマスの第二章が始まる。 ラクマス第2章の途中経過(まとまり次第ストーリー仕立ての文章に起こします。) 2008年:新天地で奮闘。緩やかながら右上がりの成長を続ける。 2009年:ラクマスのOEM先だった「ノートCMS」と合併し、経営層に「保科」を加える。そのおかげで事業規模が2.5倍に!合併の結果、1+1が2.5になるという大成功となる! 2010年:イマココを進行中!(新しい仲間(社員)を加え、創業期の仕上げに入る。) 
 こんな私ですが、よろしくお願いいたします。私 浅海剛(あさみつよし)はこんな人間です。 
 少しでも、「生身の人間」として感じていただけたでしょうか? 
 「なんだか興味がわいちゃったよ!」 「もうちょっと話が聞きたいな」 「あんたと話がしてみたいよ」 もし、そう思ってくださったのなら、 どうぞお気軽にメッセージをください。 以下に、私直通のメールアドレスを記載しております。 
 浅海剛 直通メール: [email protected] (クリックでメール作成画面が起動します) 
 
 (*明らかに私に興味がある話しではない場合、例えばマルチビジネスのお誘いや、商品の宣伝などのメッセージには、お返事いたしません。 本当に私に興味を持ってメッセージを下さる方。いつでもメッセージをお待ちしております。) 
 
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